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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2524号 判決 1978年7月26日

控訴人 渡辺清

右訴訟代理人弁護士 石葉光信

同 上村正二

同 石葉泰久

被控訴人 大槻平八郎

右訴訟代理人弁護士 世良田進

同 石黒竹雄

右被控訴人補助参加人 第一火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役 西原直廉

右訴訟代理人弁護士 藤井正博

被控訴人 市川隆

主文

一  控訴人の被控訴人大槻平八郎に対する控訴を棄却する。

二  控訴人の被控訴人大槻平八郎に対する当審で拡張された請求を棄却する。

三  控訴人の被控訴人市川隆に対する控訴及び当審で拡張された請求に基づき、原判決中控訴人の同被控訴人に対する請求に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人市川隆は控訴人に対し、金一〇八四万六六七二円及びこれに対する昭和四九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人市川隆に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち、当審において控訴人と被控訴人大槻平八郎との間及び控訴人と補助参加人との間に生じた分はいずれも控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人市川隆との間に生じた分は原審及び当審を通じてこれを五分し、その三を同被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  この判決は第三項1に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決中被控訴人大槻平八郎(以下「被控訴人大槻」という。)に対する請求に関する部分全部及び被控訴人市川隆(以下「被控訴人市川」という。)に対する請求に関する控訴人の敗訴部分を取り消す。2 被控訴人大槻は控訴人に対し、金一六八三万三一三〇円及びこれに対する昭和四九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。3 被控訴人市川は控訴人に対し、金一四四九万五八八八円及びこれに対する昭和四九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め(右2、3項の各請求中金一一九〇万二八五三円及びこれに対する付帯金員の支払を求める部分は当審で拡張された請求である。)、被控訴人大槻代理人、被控訴人市川はいずれも、「1本件控訴を棄却する。2控訴人が当審で拡張した請求を棄却する。」との判決を求めた。

二  当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(主張)

1  控訴人

(一) 本件事故により控訴人の被った損害として、原審において主張したもののほかに、次のとおり後遺障害による逸失利益及び慰謝料を追加して主張する。

控訴人は冒頭引用にかかる原判決事実摘示第二の二において主張したとおり本件事故により右外傷性股関節脱臼のほか右腎破裂の傷害をうけたものであるが、右後者について昭和五〇年一二月一五日慈恵医大病院から杏林大学医学部附属病院へ転医し、治療を続けたところ、昭和五二年四月六日同病院において症状固定と認められ、右腎の萎縮は著明で左腎の約四分の一程度となっており、今後も右腎萎縮による血圧上昇に留意する必要があり、高血圧の徴候があれば右腎の摘出を考慮しなければならない。」との診断をうけ、現在医師からは右腎を摘出すべき旨告げられている。そして、右傷害については、自賠責保険から自賠法施行令別表に定める第一一級第一一号に該当する後遺障害(労働能力喪失率二〇%)があるとの認定をうけ、既に同別表第一二級第七号に該当する後遺障害(同一二%)と認定されていた右外傷性股関節脱臼とあわせて、同別表第一〇級の後遺障害(同二七%)がある旨の認定をうけた。控訴人は本件事故当時、母渡辺マサ子の経営するクリーニング店においてその中心となって稼働し、これを実質的に経営していた者であるが、右各後遺障害により、特に冬季時には高血圧の症状に悩まされ、年間を通じて疲れやすく、軽度の作業にしか従事することができず(従前行っていた集配業務は行いえない状態にある。)、今後もクリーニング業務の遂行を相当程度制約されざるをえない。

以上によれば、控訴人(昭和二四年三月二二日生れ)は、右各後遺障害がなければ、前記症状固定の日(昭和五二年四月六日)以後満六七才余に達するまでの三九年間、少なくとも労働省統計情報部作成の昭和五〇年度賃金構造基本統計調査報告書(賃金センサス)第一巻第一表企業規模計、産業計、男子労働者学歴計によって明らかな金二三七万〇八〇〇円を下らない年収をあげることができ、右各後遺障害による労働能力喪失率は二七%とみるのが相当であるから、将来の逸失利益をライプニッツ式計算法により右症状固定の日における現価に換算すると、金一〇八九万二五八三円(2,370,800×0.27×39年のライプニッツ係数17.017)となり、控訴人は本件事故により右同額の損害を被ったものといわなければならない。

また、原審において主張した慰謝料金三〇〇万円のほかに、右に述べた各後遺障害に対する分として金一五〇万円の慰謝料を認めるのが相当である。

なお、控訴人は、昭和五二年六月一六日自賠責保険から右各後遺障害について、前記別表第一〇級該当分金一〇一万円より既に同別表第一二級該当分として受領済みの金五二万円(原判決事実摘示第二の四、10参照)を差し引いた金四九万円の支払をうけ、これを右各後遺障害による逸失利益と慰謝料の合計金一二三九万二八五三円の内払金として充当したから、その残額は金一一九〇万二八五三円となる。

よって、控訴人は、原審で請求した金四九三万〇二七七円に右損害金一一九〇万二八五三円を当審において追加し、被控訴人両名に対し、各自金一六八三万三一三〇円及びこれに対する本件訴状が被控訴人両名に送達された日の後である昭和四九年一二月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 仮に、被控訴人大槻が昭和四五年一二月初め頃、被控訴人市川に対し、本件加害車を代金一五万円で売り渡す約束をしたことが事実であるとしても、右代金としてはその頃金一万円が支払われたのみであって、残代金の支払は未だ完了していなかったから、本件事故当時本件加害車は依然として被控訴人大槻の所有に属していたものと認めるべきである。したがって、被控訴人大槻は右当時本件加害車を自己の支配下におき、自己のため運行の用に供していた者であるということができ、人的損害につき自賠法三条、物的損害につき民法不法行為の規定により控訴人が被った損害を賠償すべき義務がある。なお、被控訴人市川が被控訴人大槻から本件加害車を買受け、代金一五万円の支払を了した旨の昭和四五年一二月一〇日付け「乗用車買受書」(乙第一号証)は、本件事故の後である昭和四七年七月一〇日頃日付けを遡らせて作成された内容虚偽の文書である。

(三) 控訴人は、本件事故直前右斜め前方に被控訴人市川運転の本件加害車の前照灯の光を最初に認めた時には、その光の強さから右車両が交差点から五〇メートル以上手前の地点にいるものと考え、自車が交差点を先に通過できるものと判断し、更に自車が交差点に進入する直前に達した時、本件加害車を右斜め前方一四・五メートルの地点に認めたのであるが、右車両の進路には一時停止の標識が見やすい箇所に設置されており、かつ右車両の進行速度もさして高速度ではなかったので、被控訴人市川において当然一時停止するものと判断した次第であり、以上の事実関係の下において、控訴人の右判断を軽率であったと責めるのは酷に失するものである。また、被控訴人市川は交差点手前において、前照灯の光等により左方から進行してくる控訴人運転車両が自己の運転する普通乗用自動車より弱者の立場にある自動二輪車であることを十分認知することができたはずであるから、このような場合、弱者保護の見地から控訴人運転車両に進路を譲るべきであったのに、一時停止、徐行等の措置をとることなく、漫然と従前の速度のまま交差点に進入し、本件事故を惹起したものであり、その過失は極めて大なるものがあるといわなければならない。以上を勘案すれば、本件損害賠償額の算定にあたり斟酌さるべき控訴人の過失割合は最大限にみても一割を超えるものではないというべきである。

2  被控訴人両名

右控訴人の主張(一)ないし(三)はすべて争う。

(証拠関係)《省略》

理由

第一被控訴人大槻に対する請求について

一  事故の具体的状況及び被害の具体的内容は別として、被控訴人市川が昭和四六年三月二〇日本件加害車を運転中本件事故を惹き起こし、控訴人がこれにより被害をうけたことは、控訴人と被控訴人大槻との間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人大槻が本件事故当時本件加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるとして、人的損害につき自賠法三条、物的損害につき民法不法行為の規定により控訴人が被った損害を賠償すべき義務がある旨主張するので、以下検討する。

《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

肩書地において不動産業を営む被控訴人大槻は、本件加害車(トヨペットクラウン昭和四一年式)を所有し、自己名義に登録した上、昭和四五年六月補助参加人との間に右車両を目的として保険期間を一年とする任意保険契約を締結し、その保険掛金を支払い、運転手を雇って(自身は運転免許を有しなかった。)、右車両を仕事に使用していたが、昭和四五年秋頃右運転手が退職したため、暫くこれを使用しないでいたところ、古くからの親しい友人である訴外市川惣一郎(建築業者)からその息子の被控訴人市川(東京都杉並区にある建築会社に建具職人として勤務していた者であり、幼少の頃から被控訴人大槻方に出入りし、同被控訴人と親しい間柄であった。)が自動車を欲しがっていることを聞き、本件加害車を安く譲渡してもよいという気になり、同年一二月初め頃、被控訴人市川に対し、これを金一五万円で売り渡すことを約し、その頃これを引き渡した。

右売却、引渡しにあたっては、売買を証する書類の作成や本件加害車の登録名義変更に必要な書類の授受は特になされず、右変更手続はその後もなされないままであったが、被控訴人市川は引渡しをうけた本件加害車を当時居住していた東京都杉並区の実父宅付近の空地に置き、本件事故当時まで自由にこれを自己の私用に供していた。本件事故当日は、本件加害車を運転して前記勤務先の仕事で出張した帰りに、友人宅に立ち寄った後本件事故を惹起したものである。

なお、前記売買代金一五万円のうち金九万円は、昭和四五年一二月初め頃被控訴人大槻が、肩害地の事務所を取り毀し、そのあとに仮事務所を建築するにつきその内装工事を被控訴人市川及びその兄に依頼し、右両名が二、三日間働いたことに対する手間賃、材料代金九万円と本件加害車の引渡しに先立って相殺され、残金六万円はその支払時期につき明示の約束はなかったが、本件加害車の引渡後同年一二月中に金一万円、翌昭和四六年に入ってから本件事故に至るまでの間に金一万円が支払われ、その余の金四万円は、本件事故の後である昭和四七年夏頃被控訴人市川が被控訴人大槻の仕事を一時手伝い、その報酬の中から差し引くことで決済された。

以上のとおり認められる。被控訴人大槻は、原審において、昭和四五年一二月初め頃、被控訴人市川から売買代金一五万円の一部として金一、二万円の支払をうけ、同月一〇日に残金全額を受領し、これと引換えに被控訴人市川に対し、登録名義変更に必要な書類と共に本件加害車を引き渡した、その際被控訴人市川に特に要求して、同被控訴人において登録名義の変更をすみやかに行い、自動車税を昭和四六年度から納入することを約すると共に、登録名義変更前に事故を起こしても被控訴人大槻に一切迷惑をかけない旨を記載した「乗用車買受書」と題する書面(乙第一号証)を差し入れさせ、その後も被控訴人市川に対し早く登録名義変更手続をするよう催促していたが、同被控訴人の都合で延引しているうちに本件事故が発生した旨供述し、当審においても、被控訴人市川に本件加害車を売り渡す旨約したのは昭和四五年秋頃であり、最初に金二、三万円の支払をうけるのと引換えに本件加害車を引き渡し、残金は一一月中旬過ぎ頃仮事務所の内装工事代金九万円位と相殺し、その後同年一二月一〇日までには全額の支払をうけたとする他、右原審供述とほぼ同旨を供述し、被控訴人市川も、原審においては、被控訴人大槻の右原審供述にそう供述をしているところ、右各供述は、《証拠省略》に照らして措信し難いといわざるをえず、特に右乙第一号証は、《証拠省略》によると、本件加害車の売却当時作成されたのではなく、本件事故の後である昭和四七年六、七月頃被控訴人大槻の要求により日付けを遡らせて作成されたものであると認められるけれども、以上のことから直ちに本件加害車の売却、引渡しの事実自体を否定し去ることはできず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、右に認定した事実に基づいて考えるに、被控訴人大槻は昭和四五年一二月初め頃、被控訴人市川に対し、本件加害車を売却してその引渡しを了し、これによりその所有権を失ったものであり、登録名義こそ依然被控訴人大槻に残っていたものの、右引渡後本件事故当時まで本件加害車の運行を支配し、これによる利益を享受する立場にあった者は被控訴人市川であって、被控訴人大槻はもはやその立場になかったものと認めざるをえない。前記売買代金一五万円のうち売却、引渡しのなされた当時支払済みとされていたのは金九万円だけであり、本件事故当時未だ金四万円が支払われていなかったことは先に認定したとおりであるが、右のように代金の支払が将来にわたることから本件加害車の売却、引渡しにあたってその所有権を被控訴人大槻に留保することが特に当事者間で合意されたことを認めるに足りる証拠はないし、また本件事故当時未だ代金が完済されていなかったとの一事をもって、本件加害車の所有権が未だ被控訴人市川に移転せず、売主である被控訴人大槻が、なお本件加害車の運行を支配し、これによる利益を享受する立場にあったと解さなければならない理由のないことも明らかである。また、被控訴人市川が、昭和四五年一二月初め頃兄と共に被控訴人大槻から仮事務所の内装工事を依頼され、これを行ったことは先に認定したとおりであり、《証拠省略》によれば、被控訴人市川は右以前にも被控訴人大槻に頼まれて同被控訴人の仕事を手伝ったことがある事実を認めることができるけれども、《証拠省略》からすれば、被控訴人市川は前認定のとおり当時建築会社に建具職人として勤務していたもので、被控訴人大槻とは従来から親しい間柄であったことから、偶偶勤務先の仕事が暇なときなどに頼まれて簡単な仕事を手伝うことがあったというにすぎないものと推認されるから、右のような両者の関係から、被控訴人大槻が被控訴人市川の使用者ないしこれに準ずる者として、同被控訴人の本件加害車の運行に影響力を及ぼしうる立場にあったとまでは認め難く、他にも被控訴人大槻が右のような立場にあったことを肯定させるような事情は証拠上認め難いところである。なお、《証拠省略》によれば、被控訴人大槻は、被控訴人市川及びその父訴外市川惣一郎に頼まれ、本件事故後かなり経ってから控訴人宅等を再三にわたり訪れ、本件事故により控訴人の被った損害の賠償につき控訴人側と折衝し、被控訴人市川及び右訴外人が署名押印した昭和四七年六月六日付け「支払誓約書」及び同年七月八日付け「示談書」に自らも立会人として署名押印してこれを控訴人側に示し(なお、上記示談は結局において成立しなかった。)、また、本件事故に関し任意保険金の支払がなされるよう補助参加人と自ら交渉するとともに訴外市川惣一郎が右交渉をするについても協力し、控訴人側に対しても右任意保険金をあてにしてよいとの態度をとっていたことが認められるけれども、《証拠省略》によれば、被控訴人大槻としては、被控訴人市川及び右訴外人とかねて親しい関係にあったことや、自己が売却した自動車により交通事故が惹起され、その登録名義が自己のままとなっている以上、右事故の事後処理につき自らも無縁とは思われないことから、示談交渉の労をとることとし、また、自己が加入している任意保険をもって控訴人側の損害をてん補できるならばこれに越したことはないと考えて右のような行為に出たものにすぎないことが認められ、右認定の本件事故後の被控訴人大槻の行動をもって、同被控訴人が本件事故当時本件加害車の所有権を有せず、その運行を支配してこれによる利益を享受する立場にもはやなかったとの前記認定を左右することは到底できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よって、被控訴人大槻は、本件事故当時本件加害車を自己のために運行の用に供していた者に該当せず、同被控訴人が本件事故につき自賠法三条の規定による損害賠償責任を負ういわれはないものというべきである。また、以上の事実関係からすれば、被控訴人大槻が、被控訴人市川運転の本件加害車により惹き起こされた本件事故につき、民法不法行為の規定による責任を負うべき理由の存しないことも明らかである。

控訴人は、本件加害車が本件事故当時登録上被控訴人大槻の所有名義となっており、同被控訴人において被控訴人市川への登録名義変更につきその確認をしなかった過失がある以上、被控訴人大槻は自賠法三条又は民法不法行為の規定に基づき責任を負うべきであると主張するが、右に認定、説示したところに照らし、右主張の点をもって自賠法三条の責任を基礎づけることのできないことは明らかであり、また右の点と本件事故の発生との間には何らの因果関係もないといわざるをえないから、これを理由に被控訴人大槻の不法行為責任を云々することのできないことも明らかである。また、控訴人は、被控訴人大槻が前認定のとおり任意保険契約を締結している点をとらえて、保険掛金者としての責任を云々するけれども、自己が損害賠償責任を負う場合に余儀なくされる出捐をてん補するために任意保険契約を締結し、保険掛金を支払っていることから、被控訴人大槻が被控訴人市川の惹起した本件事故につき自賠法三条又は民法不法行為の規定により損害賠償責任を負うべきものとの結論を導く根拠は見出し難いから、控訴人の右主張も採用することができないというほかない。

三  次に、被控訴人大槻に対し、事務管理又は不当利得を理由として訴外斉藤正夫に対する立替金の支払を求める控訴人の請求につき判断するに、上来説示したところに徴し、被控訴人大槻が、控訴人運転車両に同乗していた訴外斉藤に対し、自賠法三条又は民法不法行為の規定による損害賠償義務を負わないことは明らかであるから、被控訴人大槻の右義務の存在を前提とする控訴人の右請求もまた理由がないというべきである。

四  以上の次第であるから、控訴人の被控訴人大槻に対する本訴請求は、当審で拡張された分を含め、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないものといわざるをえない。

第二被控訴人市川に対する請求について

一  本件事故の発生(原判決事実摘示第二の一)、控訴人のうけた傷害の部位、程度等(同二)

この点に関する当裁判所の認定、判断は、原判決理由第二の一、同二と同一であるから、これをここに引用する。

二  責任原因(原判決事実摘示第二の三、2)

被控訴人市川の関係においても、前記第一の二に説示したところと同一の認定・判断をすることができ、右によれば、被控訴人市川は、本件事故当時本件加害車を自己のために運行の用に供していた者に該当するものというべく(このことは被控訴人市川の自認するところでもある。)、また、本件事故当時同被控訴人に一時停止義務違反及び左右の安全不確認の過失があったことは、控訴人と被控訴人市川との間において争いがないから、被控訴人市川は人的損害については自賠法三条、物的損害については民法七〇九条の規定により、本件事故により控訴人の被った損害を賠償すべき義務があること明らかである。

三  過失相殺(原判決事実摘示第四の五)

この点に関する当裁判所の認定、判断は、次のとおり付加するほか、原判決理由第二の四と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決二〇枚目表二行目の「道路」と「が」との間に『(以下「乙道路」という。)』とそう入する。)。

控訴人が過失相殺に関し当審において主張するところを考慮し、当審における証拠調の結果を加えて検討しても、本件損害賠償の額を決するにつき控訴人の過失を斟酌し、その減額割合を二割とするのが相当であるとした右引用にかかる原判決の認定、判断を左右するには足りない。

四  損害及び訴外斉藤に対する立替金について

1  控訴人主張の損害のうち、治療費、交通費、付添看護料、入院雑費、休業損害、諸雑費、控訴人運転車両の損壊による損害(以上原判決事実摘示第二の四、1ないし7)及び控訴人が訴外斉藤に対し立替払をしたことに基づく請求(同9)に関する当裁判所の認定、判断は、原判決理由第二の五、1ないし7及び同七と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決二二枚目表六行目に「五」とあるのを「六」と訂正する。)。

右によれば、控訴人が被控訴人市川に対し、賠償を求めうべき右各損害額の合計は金一四六万九二四二円、右立替払に基づき求償することのできる金額は金八万八〇〇〇円である。

2  次に、控訴人が当審において主張する後遺障害による逸失利益について検討する。

控訴人が本件事故により右外傷性股関節脱臼のほか右腎破裂の傷害をうけたこと、右各傷害のその後の治療経過及び症状は、前記一において引用した原判決理由第二の二認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、控訴人は、右腎破裂について、昭和五〇年一二月一五日慈恵医大病院から杏林大学医学部附属病院へ転医し、検査、治療を続けたところ、昭和五二年四月六日同病院において症状固定と認められ、控訴人主張のとおりの診断をうけ、自賠責保険から右後遺障害と既に自賠法施行令別表第一二級第七号に該当する後遺障害と認定されていた右外傷性股関節脱臼とをあわせて、同別表第一〇級に該当する後遺障害がある旨の認定をうけたこと、控訴人は昭和二四年三月二二日生れであって、一七才の頃から母渡辺マサ子(夫すなわち控訴人の父とは離婚している。)の経営するクリーニング店で働き、本件事故当時はその中心となって洗濯、乾燥等の店内業務及び集配業務に従事し、実質的に母と共に右クリーニング店を経営していた者であるが、前記症状固定後も右各後遺障害により、腎性高血圧の症状が顕著であり、長時間無理をして働くことができず、気候の変り目には足腰の痛みを感じることもあり、集配業務は現在差し控えており、今後とも前記各業務の遂行に相当程度制約をうけざるをえない状況にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右に認定したところに基づいて控訴人の逸失利益を考えるに、控訴人は、右各後遺障害がなければ、前記症状固定の日以後満六七才余に達するまでの三九年間、少なくとも労働省統計情報部作成の昭和五一年度賃金構造基本統計調査報告書(賃金センサス)第一巻第一表企業規模計、産業計、男子労働者学歴計によって明らかな金二五五万六一〇〇円(きまって支給する現金給与額月額金一六万六三〇〇円、年間賞与等金五六万〇五〇〇円)を下らない年収をあげうるものと推認するのが相当であり、また前記認定事実に、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日付基発第五五一号)の労働能力喪失率表によれば、自賠法施行令別表第一〇級に該当する障害の労働能力喪失率が二七%とされていることをあわせれば、右各後遺障害による控訴人の労働能力の喪失率は二五%と認めるのが相当である。以上に基づき、右各後遺障害による控訴人の逸失利益をライプニッツ式計算法により右症状固定の日における現価に換算すれば、金一〇八七万四二八八円(2,556,100×0.25×39年のライプニッツ係数17.017円未満切捨て)となり、過失相殺による二割の減額をすると、控訴人が被控訴人市川に対し賠償を求めうべき逸失利益は金八六九万九四三〇円(円未満切捨て)となる。

3  進んで、控訴人が原審(金三〇〇万円、原判決事実摘示第二の四、8)及び当審(金一五〇万円)において主張する慰謝料について検討するに、先に引用した原判決認定の本件事故の態様、控訴人の年齢、傷害の部位、程度、入、通院の期間及び右2において認定した各後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を考慮すると、控訴人の過失を斟酌しない場合において、本件事故により被った控訴人の精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料は、後遺障害に対する分を含め、金二〇〇万円をもって相当とするところ、過失相殺による二割の減額をすると、金一六〇万円となる。

五  損害のてん補

控訴人が自賠責保険から金一〇二万円(内金五二万円は後遺障害に対する分)を受領し、これを原審において主張した損害の内払金として充当したことは控訴人と被控訴人市川との間に争いがなく、その後控訴人が昭和五二年六月一六日に自賠責保険から前記各後遺障害に対する追加分として金四九万円を受領し、これを当審において追加主張する損害の内払金として充当したことは控訴人の自認するところであるから、右四において認定した損害額の合計金一一七六万八六七二円から右受領金員の合計金一五一万円を控除すると、金一〇二五万八六七二円となる。

六  弁護士費用(原判決事実摘示第二の四、11)

《証拠省略》を総合すれば、被控訴人市川が本件事故による控訴人の損害を任意に弁済しないため、控訴人はやむなく本件訴訟の提起、追行を原審原告代理人に委任し、報酬を支払う旨約したこと、控訴人は原審において請求を一部棄却されたため、自ら本件控訴を提起し、その後直ちにその追行を控訴代理人らに委任し、右同様報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、難易、訴訟の経過、認容損害額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係のある損害として被控訴人市川に請求できる弁護士費用は原審及び当審を通じて金五〇万円と認めるのが相当である。

第三結論

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求(当審において拡張された分を含む。)中、被控訴人大槻に対する請求はすべて失当としてこれを棄却すべく、被控訴人市川に対する請求は、前記第二の四、1の求償金八万八〇〇〇円、同五の損害賠償金一〇二五万八六七二円及び同六の弁護士費用金五〇万円の合計金一〇八四万六六七二円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四九年一二月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。よって、原判決中控訴人の被控訴人大槻に対する請求に関する部分は相当であって、控訴人の同被控訴人に対する控訴は理由がないからこれを棄却するとともに控訴人の同被控訴人に対する当審で拡張された請求を棄却し、控訴人の被控訴人市川に対する控訴及び当審で拡張された請求に基づき、原判決中控訴人の同被控訴人に対する請求に関する部分を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九二条本文、九四条後段を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 滝田薫 河本誠之)

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